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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)54号 判決 1990年1月23日

原告 日本コロムビア株式会社

右代表者代表取締役 望月和夫

右訴訟代理人弁理士 山口和美

被告 東京電音株式会社

右代表者代表取締役 久保村昭衛

右訴訟代理人弁護士 久保田昭夫

同 岡田克彦

主文

特許庁が昭和五九年審判第一七〇七六号事件について昭和六三年一二月二二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙第一のとおり「東京電音株式会社」の漢字八文字を横書きして成り、第一一類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料」を指定商品とする登録第一六六八三二五号商標(昭和五五年三月一二日登録出願、昭和五九年三月二二日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、昭和五九年八月三一日、被告を被請求人として、本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和五九年審判第一七〇七六号事件として審理された結果、昭和六三年一二月二二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は平成元年二月八日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成、指定商品、登録出願日及び設定登録日は、前記のとおりである。

2  これに対して、登録第三六四六七七号商標(昭和二〇年二月一六日登録出願、昭和二一年四月一九日設定登録、昭和四一年一一月四日、昭和五一年九月七日及び昭和六一年五月二一日存続期間の更新登録。以下「引用商標A」という。)は、別紙第二のとおり「電音」の漢字二文字を縦書きして成り、(旧)第六九類「電気機械器具及其ノ各部並電気絶縁材料」を指定商品とするものである。

また、登録第四八九八二三号商標(昭和三〇年一二月七日登録出願、昭和三一年一〇月一六日設定登録、昭和五二年三月七日及び昭和六一年一一月一三日存続期間の更新登録。以下「引用商標B」という。)は、別紙第三のとおり「DENON」の欧字五文字を横書きして成り、(旧)第六九類「電気機械器具及びその各部並に電気絶縁材料」を指定商品とするものである。

3  請求人(原告)は、本件商標の登録の無効事由として、左記のとおり主張した。

① 簡易迅速を尊ぶ商取引においては、商標のうち最も特徴のある部分のみを略称するのが通常である。本件商標は、それを構成する文字全部を称呼すると冗長にすぎるところ、「東京」は地域を表す語であり、「株式会社」も商法によって使用を強制される語であって、いずれも特徴のある部分とは認められないから、本件商標は「デンオン」の称呼をも生ずる。一方、引用商標A及び引用商標Bが「デンオン」の称呼を生ずることは明らかである。

そこで、本件商標と引用商標A及び引用商標Bとを対比すると、両者は称呼を同じくし、観念的にも同一視され得るものであるから、相互に紛らわしく類似する商標である。そして、両者は指定商品においても共通するから、本件商標は商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するものであって、その登録は無効とされるべきである。

② 引用商標Bを使用した請求人の業務に係る音響製品等は国内外に広く流通しており、引用商標Bは本件商標の登録出願前から取引者ないし需要者に著名なものとなっていたのである。

したがって、本件商標が原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあることは疑う余地がないから、本件商標は商標法第四条第一項第一五号の規定に該当するものであって、その登録は無効とされるべきである。

4  被請求人(被告)は、左記のとおり主張した。

本件商標が単に「デンオン」と略称されると、当業界において普通に用いられている業種名である「電音」と差異がなくなり、本件商標が有するニュアンスと全く異なるものとなってしまう。したがって、本件商標は「トウキョウデンオン」と称呼されることはあっても、「デンオン」の称呼を生ずることはない。

5  よって検討するに、本件商標は「東京電音株式会社」の漢字八文字を横書きして成るのであるから、右文字に即して「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」の称呼を生ずるが、右文字は被請求人(被告)の商号を表したものであるから、簡易迅速を旨とする取引の実際においては、法人格を表す「株式会社」の部分を省略して、単に「トウキョウデンオン」と称呼されるとみるのが相当である。そうすると、本件商標は、「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」及び「トウキョウデンオン」の称呼を生ずるが、その他の称呼は生じないものと認められる。

他方、引用商標Aは「電音」の漢字二文字から成り、引用商標Bは「DENON」の欧字五文字から成るから、それぞれの文字に即して「デンオン」の称呼を生ずるものである。

そこで、本件商標から生ずる「トウキョウデンオン」の称呼と各引用商標から生ずる「デンオン」の称呼とを比較すると、両者は前半部における「トウキョウ」の音の有無において顕著な差異を有するから、それぞれを一連に称呼した場合も語調及び語感が相違し、称呼において彼我相紛れるおそれはないものと認められる。また、本件商標から生ずる「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」の称呼と各引用商標から生ずる「デンオン」の称呼とは、音構成の差異によって、称呼において相紛れるおそれはない。

なお、両商標はそれぞれ別紙第一ないし第三のとおりの構成であるから、外観において明らかに識別し得るものであり、さらに、両商標はいずれも造語と認められるから、観念において類似するものとはいえない。

結局、本件商標は、各引用商標に類似する商標(商標法第四条第一項第一一号)と認めることはできない。

6  請求人(原告)は、引用商標Bは本件商標の登録出願前から「デンオン」と称呼され著名な商標となっていたから、本件商標は商品の出所の混同を生ずる旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件商標は引用商標Bに類似しないものであるから、本件商標は、その指定商品に使用しても商品の出所について混同を生ずるおそれがある商標(商標法第四条第一項第一五号)と認めることはできない。

7  したがって、本件商標は、商標法第四六条第一項第一号によってその登録を無効とすべきものではない。

三  審決の取消事由

審決は、本件商標が生ずる称呼の認定を誤った結果本件商標は各引用商標に類似するととはいえないと誤って判断し、かつ、本件商標が引用商標Bに類似しないとの理由のみによって原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれはないと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  無効事由①について

簡易迅速を尊ぶ実際の取引においては、商標のうち最も特徴のある部分にのみ着目し、その他の部分は省略して使用するのが通常である。そして、本件商標のうち最も特徴のある部分はいうまでもなく「電音」の部分であって、本件商標を「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」と称呼することは余りにも長すぎるから、前記のような通常の用法に従えば、頭部の「東京」は単に地名を表すものとして省略され、末尾の「株式会社」も商法による強制表示にすぎないとして省略されるので、結局、本件商標は、その文字に即して生ずる「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」の称呼のほか、「デンオン」の称呼をも生ずるものである。このことは、「東京」などの地名あるいは「株式会社」などの会社の種類の表示は商標の類否判断の基準たり得ないとする多くの査定例、審決例あるいは判決例の存在によっても明らかである。したがって、本件商標は、その称呼において引用商標Aに類似するものである。

なお、本件商標における「東京」は通常行われる地名の表示であって、これを「電音」と一連不可分のものと解すべき格別の理由はないから、本件商標と引用商標Aは外観においても類似するといい得る。さらに、「電音」は、造語に属するものではあるが、「電気的な音」に関するイメージを生ずるから、本件商標と引用商標Aは観念においても類似するというべきである。

2  無効事由②について

引用商標Bは、原告が昭和三八年に吸収合併した日本電機音響株式会社がその業務に係るプロ放送用の高級商品に永年にわたって使用していた引用商標Aに由来するものであって、右日本電機音響株式会社の技術を引き継いだ原告の業務に係るオーディオ関係の商品も品質の優秀性によって国内外の消費者に広く受け入れられた。そして、引用商標Bは、八七か国において商標登録を受け、「DENON」の文字を冠した商号を有する原告の関連会社も世界数か国に進出しているのであって、引用商標Bは、高いブランドイメージを有する世界的に著名な商標である。

したがって、被告がその業務に係る商品に本件商標、あるいは「東京電音」の標章を使用するときは、取引者ないし需要者に、原告と関連を有する企業の業務に係る商品であるかのような混同を生じさせるおそれが多分に存する。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。

1  無効事由①について

本件商標はその文字に即して「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」の称呼を生ずるが、簡易迅速を尊ぶ商取引においては、法人格を表す「株式会社」の部分を省略して「トウキョウデンオン」と称呼される。

この点について、原告は、本件商標は「デンオン」の称呼をも生ずると主張する。しかしながら、当業界には「電音」あるいは「デンオン」の文字を含む商号を有する会社が相当数存在し、「電音」あるいは「デンオン」は、既に、電気音響に係る業種名としてありふれた名称になっているといえるから、本件商標を単に「デンオン」と称呼すると、他との識別が不可能となる。したがって、本件商標のように地名と業種名とが一連不可分に結合している商標は、「地名と業種名」全体としてのみ称呼されると解しなければならない。

なお、本件商標と引用商標Aあるいは引用商標Bの外観とが相違することはいうまでもないし、「東京電音」は東京都に所在する電気音響に係る企業の観念を生ずるから、単なる「電音」あるいは「デンオン」が生ずる観念との間に類似性がないことは明らかである。

2  無効事由②について

引用商標Bが、本件商標登録時に原告の商標として著名なものであったというのは事実に反する。

のみならず、被告の業務に係る商品はメーカーを対象とする電子部品(主として、抵抗器)であるのに対し、原告の業務に係る商品は一般消費者を対象とするオーデイオ機器であって、両者は取引者ないし需要者を異にする上、引用商標Bは「デノン」と発表されることが多いから、取引に求められる通常の注意力をもってすれば、被告の業務に係る商品に本件商標、あるいは「東京電音」の標章を使用しても、原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれは全く存しない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1  無効事由①について

本件商標は、前記のとおり「東京電音株式会社」の漢字八文字を横書きして成るものであるから、右文字に即して「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」の称呼を生ずることはもちろんであるが、八文字のうち後半の「株式会社」は単に会社の種類を表すものにすぎないから、実際の取引においてはこの部分が省略され、「トウキョウデンオン」とのみ称呼されることが多いと考えられる。そして、右「トウキョウデンオン」は、一連のものとして滑らかに発音でき、とりわけ冗長であるともいえないし、《証拠省略》によれば、日本電音株式会社、山田電音株式会社など、その商号中に「電音」の語を用いている会社が他にも存在することが認められ、「トウキョウデンオン」の前記称呼から更に地名に相当する「トウキョウ」の部分までも省略するときは、商号商標として他の商標と区別されるべき顕著性を喪失することとなるので、本件商標を単に「デンオン」とのみ称呼することは、通常あり得ないというべきである。

一方、引用商標A及び引用商標Bが、それぞれの文字に即して「デンオン」の称呼を生ずることは言うまでもない。

そこで、本件商標の称呼「トウキョウデンオンカブシキカイシャ」あるいは「トウキョウデンオン」と、引用商標Aあるいは引用商標Bの称呼「デンオン」とを対比すると、両者は音数において明らかな差異があるのみならず、「トウキョウ」の部分の顕著性を無視すべき理由は全く存しないから、本件商標と引用商標Aあるいは引用商標Bとは、称呼において相違するものである。

なお、両者が外観において相違することは、本件商標の外観を表す別紙第一と、引用商標Aあるいは引用商標Bの外観を表す別紙第二あるいは別紙第三との対比によって明らかである。また、引用商標Aあるいは引用商標Bは造語であって普通名称ではないが、後に認定するように音響機器における著名な商標であって、「電気機器による音響」の観念を直ちに生ずるのに対し、本件商標は、より具体的に東京都に所在する音響機器メーカーの観念を生ずるから、本件商標と引用商標Aあるいは引用商標Bとが観念において類似するということはできない。

以上のとおり、本件商標は、称呼、外観あるいは観念のいずれにおいても引用商標Aあるいは引用商標Bに類似するとは認められないから、各商標の指定商品の異同を論ずるまでもなく、商標法第四条第一項第一一号に該当するものとしてその登録を無効とすることはできない。

2  無効事由②について

《証拠省略》によれば、原告は明治四三年一〇月に設立され昭和二四年五月に東京証券取引所株式第一部に上場された従業員二四〇〇名以上を擁する会社であること、引用商標Bは、昭和三八年原告に吸収合併された日本電機音響株式会社が昭和二一年四月一九日に設定登録しその業務に係る商品に使用していた引用商標Aに由来するものであって、同社によって昭和三一年一〇月一六日に設定登録されたこと、日本電機音響株式会社はプロ放送用の録音再生機器の製造においては国内最右翼の存在であってその業務に係る商品は極めて高い評価を得ていたこと、原告は日本電機音響株式会社を吸収合併したのち引用商標Bを原告の業務に係る音響機器関係の商品に広く使用して今日に至っているが、その商品であるプロ放送用の録音再生機器は国内において圧倒的なシェアを占め、一般消費者を対象とするオーディオ機器の評価も高いことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、引用商標Bは、本件商標が登録出願された昭和五五年三月一二日当時、既に著名な商標であったと認めるのが相当である。したがって、被告がその業務に係る商品に本件商標、あるいは「東京電音」の標章を使用するときは、その中に「デンオン」と発音される「電音」の部分が含まれているところから、取引者ないし需要者に、原告と経済的あるいは組織的に何らかの関連を有する企業の業務に係る商品であるかのような混同を生じさせるおそれが多分に存するといわなければならない。

この点について、被告は、被告の業務に係る商品は主として抵抗器などメーカーを対象とする電子部品であって原告の業務に係る商品とは取引者ないし需要者を異にすると主張する。

しかしながら、本件商標の指定商品は、前記のとおり第一一類、すなわち「電気機械機具、電気通信機械機具、電子応用機械機具(医療機械機具に属するものを除く)、電気材料」であって、極めて広範である。のみならず、《証拠省略》によれば、被告の取扱い商品の種類は二万を超え、主たるものだけでも、各種抵抗器、コンデンサー、水晶振動子、ケーブル、コネクター類、電池、磁性記録体、スイッチ、リレー、集積回路、半導体素子、液晶素子、プラズマディスプレイ、情報機器、光ファイバー応用品などがあることが認められる。一方、引用商標Bの指定商品は、前記のとおり旧第六九類、すなわち「電機機械機具及びその各部並に電気絶縁材料」であって、やはり広範であり、かつ、《証拠省略》によれば、原告は、オーディオ機器以外にも、磁性記録体、フロッピーディスク、CD―ROM、CRTディスプレイあるいはCD―Iなどの製造販売も行っていることが認められ、被告の取扱い商品と共通するものが少なくないことが明らかである。したがって、被告の業務に係る商品と原告の業務に係る商品は、その取引者ないし需要者を全く異にするとは到底いえないから、本件商標あるいは「東京電音」の標章が著名商標である引用商標Bの称呼と同一に発音される「電音」の文字を含んでいる以上、本件商標が原告の業務に係る商品との混同を生ずるおそれを有することは否定できないというべきである(のみならず、仮に被告の業務に係る商品が抵抗器などの電子部品に限られているとするならば、その商標に「音」の文字を使用する必然性は全く存しないことになるから、被告がその業務に係る商品に使用する商標の一部として「電」の文字に「音」の文字を殊更に連続させた標章を採用したことは、前記のとおりその出願当時既に著名なものとなっていた引用商標B、あるいはそれが由来している引用商標Aの信用力を利用する意図があったものと推認されてもやむを得ないといえる。)。

また、被告は、引用商標Bは「デノン」と発音されることが多いから、被告の業務に係る商品に本件商標あるいは「東京電音」の標章を使用しても原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれはないと主張する。しかしながら、前記のような引用商標Bの著名性に照らせば、引用商標Bが「デンオン」と発音されず「デノン」と発音されることの方が多いとは到底考えられないから、被告の右主張も失当である。

以上のとおり、本件商標は、他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標であって、商標法第四条第一項第一五号に規定されている商標に該当するものであるから、その登録は同法第四六条第一項第一号の規定によって無効とされるべきである。

3  そうすると、本件商標が引用商標Bに類似しないとの理由のみによって、本件商標をその指定商品に使用しても商品の出所について混同を生ずるおそれはないとした審決は、商標法第四条第一項第一五号の規定の趣旨を誤解してなされたものであって、違法であるから、取消しを免れない。

三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 春日民雄 岩田嘉彦)

<以下省略>

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